要点

  1. 「性自認」の定義・意味は極めてあいまいである。
  2. 法律を通じて他者や社会に強要されてはならない。
  3. 身体違和がきつい性同一性障害者には、既に障害者差別解消法がある。
  4. 主観的な「性自認」を法の保護対象とすれば、近代国家の法秩序を揺るがす。
  5. 女性らの安心安全と人権を脅かす。

  • 「性自認」の法令化が先行した諸外国の実態やそこで起きた混乱などについても十分に調査し、そのことを国民に周知したうえで、全国民的な議論にもとづく慎重な審議が必要不可欠。
  • 多くの方々、ご賛同を。
  • 署名フォーム

    私たちは定義のあいまいな「性自認」の法令化に反対し 慎重な審議と国民的議論を呼びかけます

     今国会で上程・可決の可能性のある与野党合意の「性的指向及び性自認の多様性に関する国民の理解の増進に関する法案」(以下、理解増進法案)をめぐって、現在、大きな議論が起こっています。
     私たちそれぞれの分野の専門家・実務家・表現者は、多くの女性たちから女性スペースの安全などをめぐって強い懸念の声が上がっていること、同性愛者やトランス当事者を含むさまざまな性的マイノリティのあいだにも、この法律を求める諸団体とは異なった意見が根強くあることを確認しており、これらの声はけっして軽視してはならないと確信します。
     もとより私たちは、性的マイノリティの人権を保障し、国民の理解を深めることに異論はありません。たとえば、私たちは同性間パートナシップ制度を含む同性間の法的な結合を保障することに賛成です。同性間の親密な関係は、成人同士の合意に基づくものであるかぎり、誰の権利も侵害するものではありません。しかしながら、与野党で合意された理解増進法案には、「性自認」という言葉が盛り込まれており、これは「性的指向」と同列に扱うことのできないものです。両者は別物であって、いっしょに並べて法令化すべきものではありません。それだけでなく、以下の理由から、「性自認」という言葉を理解増進法案に入れるべきではないと私たちは考えます。

    1、「性自認」の定義ないし意味が極めてあいまいである……一般に「性自認」というものが明確な意味と内容を持っているかのように思われていますが、実際にはそうではありません。「性自認」の法令化を推進している人々の間でさえ意見が一致しておらず、まちまちな定義がなされています。与野党合意案にあっても、「自己の属する性別についての認識に関する性同一性の有無又は程度に関わる意識」としか書かれておらず、概念の不明確さは何ら解消されていません。定義のあいまいな用語を法律に書き込み、その理解の増進を図ることは不可能です。

    2、「性自認」は自由権の範囲内で尊重されるべきものであって、法律を通じて他者や社会に強要されてはならない……「性自認」の定義はあいまいですが、それが主観的なものであるのは確かであり、そのかぎりでそれは内心の自由に属します。したがって、「性自認」やそれにもとづく性別表現(服装や化粧など)はあくまでも個人の自由権の範囲内で尊重されるべきものであり、それを法律の文面に入れることは他者や社会全体への圧力になりかねず、自由権の範囲を逸脱する可能性があります。

    3、性同一性障害に関してはすでに法律が存在する……人間の場合、その性別は出生時から医学的・生物学的に決まっており、「性別についての認識」とはこの客観的な性別を正しく認識することです。通常、あらゆる属性は客観的なものであって、その客観的な属性を正しく認識することを通じて人々は社会生活を送っています。その客観的な属性とは異なる属性として自己を認識することは、通常はありえず、またそのような事実と異なる認識を法的保護の対象とすることも本来ありえません。それが何らかの法的保護の対象になりうるとしたら、それが医学的な意味での障害である場合のみです。そして、性別に関してはそのような障害は「性同一性障害」として認知されており、そうした方については2003年に成立した「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(以下、特例法)においてすでに法的保護の対象となっています。また、そういう方に対する差別の解消もすでに定められており、2013年に成立した「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(以下、障害者差別解消法)の対象には、性同一性障害も含まれます。この点からも、性同一性障害に関して、新たな法律の必要性がないことは明らかであり、当事者の方からもそうした声がすでに出されています。

    4、主観的な「性自認」を法の保護の対象とすることは近代国家の法秩序を揺るがす……この特例法や障害者差別解消法とは別に、「性自認」を法的な保護と理解増進の対象にするということは、医学的な意味での障害ではなくとも、客観的な属性と異なる主観的な自認を法的保護や理解増進の対象にすることを意味します。これは、主観的な自認による性別を実際の性別に優先させる危険性をもたらし、客観的な属性に基づいて成り立っている近代国家の法秩序と社会秩序を揺るがすことになります。

    5、女性と子供の人権と安全を脅かす……身体的ないし生物学的性別と異なる性別を自認することを法的保護と理解増進の対象とすることは、身体的にも社会的にも弱い立場にある女性と子供の安全と人権を脅かす可能性があります。たとえば身体的には男性であるのに「女性」を自認することが法的保護の対象とされ、それに基づく差別は許されないとされたなら、女子トイレや女性用公衆浴場、女性用更衣室などのあらゆる女性スペースの安全は損なわれかねません。すでに現在、女性を自認する男性が女性スペースに入ってくる事態が少なからず起こっていますが、「性自認」が書き込まれた理解増進法案の成立によって、こうした事態がいっそう促進されたり、入ってきた男性に対して抗議したり通報したりすることがいっそう困難になることが十分に予想されます。


     以上の点からして、私たちは理解増進法案から「性自認」という言葉を取り除き、それに関わる諸規定も削除するべきであると考えます。
     各種報道によると、5月19日から開催されるG7広島サミットまでに理解増進法案を成立させたいとの意向が与党内にあるとのことですが、それはあまりに拙速で無責任です。近代国家の法秩序と社会秩序を揺るがし、女性と子供の安全と人権を脅かすおそれのある同法案に対しては、最大限慎重に検討することが必要です。また、「性自認」の法令化が先行した諸外国の実態やそこで起きた混乱などについても十分に調査し、そのことを国民に周知したうえで、全国民的な議論にもとづく慎重な審議が必要不可欠であると考えます。
     あわせて、この共同声明に対して、さまざまな分野の専門家、実務家、当事者からも賛同いただけますよう、心からお願い申し上げます。
     2023年5月1日

    呼びかけ人(あいうえお順)

    安里長従(司法書士、大学非常勤講師)、石上卯乃(No!セルフID女性の人権と安全を求める会共同代表)、伊東麻紀(小説家)、井上恵子(グラフィックデザイナー)、遠藤京子(鍼灸師)、大塚芳明(僧侶)、大野美佐子(弁護士)、織田道子(平等社会実現の会、性暴力被害相談員)、川上恵江(ヨーロッパ思想研究者)、栗栖茂(医師)、栗原睦(鍼灸師、レズビアン)、郡司真子(性暴力サバイバー、ジャーナリスト)、小菅信子(山梨学院大学法学部教授、近現代史・国際関係論)、笙野頼子(作家)、滝本太郎(弁護士、カルト問題)、中里見博(大阪電気通信大学教授、憲法学)、橋本潮(歌手)、堀茂樹(フランス文学者)、三浦俊彦(東京大学教授、哲学)、森奈津子(小説家、白百合の会代表)、森田成也(大学非常勤講師、経済学)、森谷みのり(女性スペースを守る会共同代表)、森永弥沙(性別不合当事者の会事務局長) 【続く
    「性自認」の法制化に反対する共同声明 ダウンロード
    2023.05.01 「性自認」法令化に反対する共同声明 署名フォーム